![]() |
通巻15号 平成18年5月15日発行 |
先月から連載を開始しました、この『笑って泣いて素敵な笑顔』ですが、お読みいただいた方より、「感動しました」「同じような経験があります」「そういうことがあるなんて知りませんでした」といったたくさの声をお寄せ頂いております。
そんな中、「私にも障害を持った子がいます。私たち親や子どもの事を、もっと多くの方に理解して考えて欲しいと思って、市報やかわら版でこのような投稿の機会がないかなーと思っていました。よかったら是非投稿させて下さい」というお母さんより、ご連絡をいただきました。ご連絡、本当にありがとうございました。そこで今月号、来月号ではそのお母さんの想いを掲載させて頂きます。
我が家の二男が1歳半の時、小児精神の発達の先生に言われた言葉です。
まだ一言も言葉が出ない事や、名前を呼んでもこちらを振り返らない、まわりへの関心が全くないという事が気にはなっていましたが、子どもの発達には個人差もあるし、そのうち追いつくだろうと思いながらも、気になるので、一度くらい診せておこうと、気軽な思いで受診した時の事でした。
そのうち2歳になりましたが、やはり言語や知的な部分での成長がみられず、さすがに親としても焦りを感じ始めました。
2歳2ヶ月の時、ゆうかり学園の小児科の先生に診察をしてもらい、やはり知的な発達に遅れがあると指摘された時は……ショックでした。
二男はこれからどうなるのか。何でこんな事になってしまったのか。『知恵おくれ』正直、この言葉が頭の中をぐるぐると長い時間駆け巡りました。
医師からそう言われた後でしたが、「うちの子がまさか…。絶対違う!」「3歳くらいになれば、年齢相応になってくれるんじゃないか」と、そればかりを考えていました。そうして、現実を受け入れられないまま、時間だけが過ぎていきました。
診察をしていただいた直後から、コアラ園の療育に通い出しましたが、始めの頃は希望半分、絶望も半分。その上、障害名やその原因や治療法などが、はっきり分かっている訳でもなかったので、何よりも、この先の見えない将来への不安に、押しつぶされそうでした。
他の子は皆「普通」で、なんでウチの子だけが?どうして私だけが、こんな事で悩まなければいけないんだろう。こう考えはじめると、終わりのない落胆が、それまで以上に私を苦しめました。
私自身は健康で生まれてきて、これまで何の不自由もなく生きてきました。だけど、二男にとっては、この「普通」の生活自体が、とても難しいものになっているのではないかという思いから、当時の私は「この子はかわいそう」だとか、「こんな状態に生んでしまってごめんね」とか感じてみたり、「自分の人生の中で、まさか自分が、障害児の親になるなんて思いもしなかった。私は大変だ。私はかわいそうだ。」など、そういう事ばかり考えていました。
今、思えば、私は二男に対して、なんて申し訳ない、情けない事を思っていたのだろうと思うのです。
やがて、私がそんな苦しい思いから抜け出せたのは、二男がようやく、少しずつ、色んな表情や身振り手振りで、自分の想いを、懸命に伝えようとする姿を、私が理解できるようになってからで、その嬉しさが私の心に、少し余裕を持たせたのだと思います。
その頃から、私たちの他に、コアラ園に来ているお友達や、お母さん達、療育のスタッフの皆さんとも、色々な話ができるようになっていきました。
そんな関わりの中で、私はいつのまにか、私と同じ思いでいるお母さん達にも救われていたし、また、そんな皆さんとの関わりを持っていく中で、障害を持っていると言う事が、少しもかわいそうだったり、恥ずかしい事ではないと気付かせてもらった事が、大きなきっかけでした。
コアラ園では、皆明るくて前向きで、私が二男の親になってなかったら、絶対に見えなかった世界、知らなかった事、感じられなかった事がたくさんあって、そこへ行くたびに元気をもらえる。今は、こういう経験をさせてもらったことに、本当に二男に感謝しています。(来月号へつづく)