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通巻16号 平成18年6月15日発行 |
先月号の投稿を頂いたあと、コアラ園に取材に行かせて頂きました。
園では、お母さんと子どもたちが、遊具で遊んだり、体操したり、歌を歌ったり、工作したりと、色んな親子体験やお友達との体験をしながら、療育指導を受けておられました。
お母さんだけ、家庭だけでは、子育てが難しい時、このような専門家によるサポートやアドバイスも重要です。お一人で悩まず、ちょっと勇気を出して相談してみて下さいね。
案外、相談するまではすごく悩んだり緊張したけど、「相談してみて良かったー」と思えるかもしれませんよ。
それでは、先月号のお母さんの投稿の続きです。
二男のように、生まれながらに障害を持つ人もそうだし、健康に生きていても、ある日突然事故に遭ったり、病気になったりで、いつ、どこで、誰でも障害(者)を背負う運命になるかもしれません。
障害があると、健康な人と比べて、「普通」の社会で生きていくのは、不自由が多いです。「自分や自分の大切な人が、いつ障害をもつか分からない」事を考えると、いつ、誰が、そのような事になっても、決して絶望だらけの社会にはならないという約束がされていたら、どんなにいいかと思いませんか? もっと自然に、身の回りの人々に理解されて、その中に障害のある人が、自然に溶け込めたら、本当に「生きやすい」世の中になると思いませんか?
人は、健康であっても一人では生きていけません。身体に障害がある人なら尚更です。その意味でも、私は地域の人々にも、偏見や間違った知識を持ったままにして欲しくない。「障害」ということがどんなものかが、正しく伝わっていくことが大切だと考えます。
今まで私は、自分に関係ない事をわざわざ知らなくてもいいと思っていましたが、それではいけないと感じました。知らないままではなく「知って」もらう事が必要だと思うようになりました。
特に障害児は、保育園や学校生活の中においても、行動などが皆と異なっているため、やっぱり敬遠されがちです。「養護学校へ入れればいい」そういう考えの人も多いでしょう。だけど、私たちが、なぜ、あえて自分の障害のある子を、普通学級に入れるのを望むのか分かりますか?
子どもたちは、障害があってもなくても、子ども同士がそのまま、ありのままの姿を受け入れます。その中で、子ども同士が「いたわる心」「助ける心」「待つ心」を育んでいくと思うからです。お互いに交流があれば、お互いに影響しあって、結果的には、必ずいい方に繋がると思うからです。
二男もいずれは、一人で社会に出て生きていかなければならない時が必ず来ます。幼い頃に、障害のある人と自然にふれ合う体験ができた子どもは、大人になっても、自然にそのような人々に対して、あたたかい心で、その人を大切にできるんじゃないかと思うからです。
まとめると、私たちは、今ここにいる我が子の存在が、多くの人たちの心を動かしたり、優しくしたり、あったかくしたりさせることを希望しています。だから私は、まずここに書き綴ったことを、子どもたちの一番身近にいる大人たちに、理解して欲しいと思うのです。
今、二男は楽しんでコアラ園に通園しています。そして、本当にゆっくりゆっくりのペースですが、日々成長しています。まだまだ、これからの道のりは長いと思うけれど、これからも私は、彼のゆっくりのペースに合わせて、毎日を過ごしていくつもりです。その中でいつかは、自分自身ももっと大きく成長できるのではないかと、今はそれを楽しみにしています。
これから先、二男も含めた「障害」のある人に「自分でできない事」があった時、社会全体から、すぐにあたたかで自然なサポートをしてもらえるような、そんな世の中になっていって欲しい。そういう願いを込めて、これを綴りました。
読んでくれる方々に向かって、そして、私自身に向かって・・・。