社会福祉法人 うきは市社会福祉協議会 うきはししゃかいふくしきょうぎかい
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通巻17号 平成18年7月15日発行

-子育て奮闘記- 笑って泣いて素敵な笑顔
お母さん一人で頑張らなくていいよ

「超未熟児」

私の長男は、五年前に聖マリア病院で592グラムで生まれました。23週(妊娠6ヶ月の終わり頃)という、とてもとても早い出産でした。

生まれたての我が子は超未熟児なので、小さいのはもちろん、皮膚も未完成の状態の赤紫色で、人工呼吸器を付け保育器に入っており保育器にゆとりがある程でした。
病院の先生からは「かなりの早産だったので、多分障害が残るかもしれません。」と言われました。でも、その時私は、あまりショックではなかったんです。
それは、小さくて壊れそうな我が子が、目の前で必死に生きようとしている、それが私には伝わってきたので、障害児になるかもしれないということを、信じられなかったのかもしれません。それに、あんな状態で生まれてきてくれて、命があるだけで本当に良かったと思っているからです。

それからは、母乳を手で絞って冷凍し、病院に持って行くという生活が始まりました。その間にも、目の手術に片目だけで何時間もかかったり、身体の調子が悪くなったりもしたけど、障害のことよりも、早く一緒に住める日を心待ちにしていました。

そして、誕生して一年一ヶ月で退院が決まり、先生から、肺が弱く体内にうまく酸素を取り込めないので、在宅酸素を24時間つけること。そして「脳性マヒ」という診断がありました。
「脳性マヒ」はリハビリ次第と言われ、「今までも頑張って乗り越えてきたから、きっと大丈夫」と思い、前向きにリハビリに通い、家でも先生から教わったことをしたりと、無我夢中でした。
でも、やっぱり思ったようにはいかず、大変な事の方が多かったんじゃないかと思います。
外出時は酸素ボンベを抱え、周りの人からジロジロ見られるのは当たり前でしたし2,3才頃まではチアノーゼが起き、呼吸困難になることも度々ありました。

いつしか、この子が生まれてきた時、小さい身体で頑張ってた事、この子の事を全て受け止めようと誓った事よりも、「つらい 大変」と思う事の方が大きくなり、「どうして私だけ」「あの時、早産しなければ」「どうして、この子だけ」と思うようになり、一人で泣いた事も何度もあります。

でも、頑張っているのは私だけじゃないんです。一番頑張っているのは、この子なんです。
何気ない日常でも、その事を感じます。やっぱり健常児に比べできない事が多いです。何度言っても分かってくれないし、何をするにも時間が掛かる事が多いです。でもその分、ほんのちょっとした事でも、できた時の喜びが大きいです。

そんな風に思えるようになったのは、家族や両親、友達、聖マリアやコアラ園の先生方や、たくさんの人たちのお陰です。
中でも友達は、私の話を良く聞いてくれたり、心の支えとなりました。
そして、一番は、この子の笑顔と成長のお陰です。

私は障害児の親になることが〝不幸〟とは思いません。この子を育てていく事で、人と人との繋がりを、大切にする様になりました。以前よりも、人の気持ちを大切にする様になりました。
人は一人で生きているのではなく、たくさんの人に支えられて生かされているんだと気づき、そう思うようになりました。

あんなに小さかったこの子も、今では大きく成長しました。一人歩きはできないけど、ハイハイや、つたい歩きで移動できるようになりました。
言葉も、意味のある言葉はでないけど、大きな声を出したり、身振り手振りで一生懸命伝えようとしてくれます。
それだけで私は嬉しいんです。
確かに、まだまだ手は掛かるけど、私の心を豊かにしてくれたこの子に、「ありがとう」、そして、これから先、歩ける様になる、しゃべれる様になることも大切だけど、障害があるからと、寂しい思いはさせたくありません。
この子の未来が、光に照らされるものになる様、今を、精一杯生きていこうと再び思いました。