![]() |
通巻18号 平成18年8月15日発行 |
「男の子が生まれましたよ、2678グラムです。」第3子が無事生まれ、喜びもつかの間「ご主人にはお話ししていましたが、赤ちゃんはダウン症の疑いがあるので、大きい病院を紹介します。」と言われたのは、産後4日目のことでした。
「なんてひどいことを言う先生なのだろう!見間違えに決まっている。」と言いつつ、内心は「先生が言われるのなら、もしかして…」と不安でいっぱいの中、退院してすぐ医大に行きました。
一ヶ月後、血液検査の結果が出て「これがこの子の染色体です。普通の人は、全部で46個ですが、21番目が3本あり、47個、21トリソミーダウン症です。」と言われました。
はっきり結果が出るまでは、嘘であって欲しいという願いもむなしく、ただ涙があふれ出て、体の力がどんどん抜けていった事を思い出します。「この子は、命に力があるから生まれてきたのですよ。すでに妊娠の時点で、こういう子は、自ら流れてしまいがちですが、お腹の中で育って生まれてくるという事は、素晴らしい生命力があるからなのですよ。」という医師の話も、ただ聞き流す事しかできませんでした。
私にとって、灰色の日々が長く続きました。〝ダウン症〟ってどんな症状? どんな育て方をすればいいのだろうか? 本屋さんで、ダウン症の本を次々に購入しました。
丸い顔、つり上がった眼、扁平な顔といった独特な顔だち。精神発達遅滞、低緊張性による運動発達上の問題、千人に一人の出生率の割合などがあげられていました。
「赤ちゃん生まれて、おめでとう!」の言葉が重苦しくのしかかり、「千人に一人の子が、なぜこの子になるのか!どんな大人になるのだろうか?」と、不安や諦めが募り、子どもと二人きりになると、ため息が出て涙ぐむ日が多かったです。
子どもの哺乳力は弱く、体重が増えませんでした。体全体がダラリとしており、いつまでも首がすわらず、どちらかというと眠ってばかりでした。冬季になるとカゼが治りにくく、細気管支炎や肺炎になり、入退院の繰り返しでした。
「お母さん!また病院ね。今度いつ帰るとね!」と、上の子が淋しそうに尋ねてきていました。
「あんた達は、毎日ご飯も食べられるし、風呂にも入られる。○○ちゃんは、点滴何本もして、風呂にも入られんし、ベッドにじっとしとかなんとよ!一番きついとやけん、応援してやらんね!」と、自分に言いきかせるように、荷物をまとめて家を出て行きました。
入院すると、病院にはまだまだこの子より重度の患者さんや長期入院の方もおられます。みんな治療を受けながら、不安や苦痛の中、前向きにがんばってあります。
入院により、検査もはっきりし、心房中隔欠損症、肺高血圧、睡眠時無呼吸症、眼振と告げられました。
まず第一に、命に関わる心臓から治す事を目的とし、生後七ヶ月で手術をしました。
手術前後は、薬や酸素を必要としていましたが、成長とともに肺への血流も順調となり、ほとんど入院もしなくていいようになりました。
今は、コアラ園と保育園に通い、先生方やお友だちから、いろいろな刺激をもらっています。
明らかに他児と比べると、遅れて何でも未熟ですが、きつい中、よく頑張って生きていてくれたこの子の、無邪気な笑顔が家族みんなを幸せにしてくれます。
「命に力があるから生まれたのですよ」という言葉が納得できます。
これから先、この子がどこまで自立して生きていけるか分かりませんが、〝ここに生まれてきて良かった〟と思ってくれるように、日々暮らしていきたいと思っています。
ペンネーム/KEIRIN