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通巻65号 平成22年7月15日発行 |
うきは市で、平成22年度の住民健診・癌検診(6/21~8/12の間)が始まり、すでに検診を終えた方、今から…と気が重くなっている方も多いかと思います。
高齢化社会が進むにつれて癌で亡くなる方が増えています。確かに「○○さんは□□癌やったげな…」と耳にすることも珍しいことではなくなりました。
医療の発達で小さな癌の発見が早期にできるようになっています。自分のため、家族のため、ぜひ積極的に検診を受けて下さい。
今回 闘病記をお預かりしましたので、今月と来月に分けて皆さんに紹介します。
私は、30年ほど前にヘルニアの手術をしましたが、ある日再発の兆候があったため、医師会病院を訪れました。
CT(シーティー)スキャナーによる全身の検査をした結果、医者から私たち夫婦に告げられた病名は、肝臓癌だったのです。
思いがけない病名をきかされ、私の頭の中は一瞬真っ白になってしまいました。まさか自分が癌を告知されるとは・・・。
全身から血の気が引き、張り詰めていた気力が、一瞬にして音を立てて崩れ去るように抜け落ちていったのを、今でもはっきり覚えています。正に奈落の底に突き落とされた感じでした。
告知のあと医者は、「幸い肝硬変になっていないし、肝臓はきれいだ。肝臓の癌の部分は切除できないけど、抗がん剤の投与によって治療できる」と言われたので、私はそれを信じ医者の指示に従って入院いたしました。
抗がん剤に耐えうる体力の有無の測定など、手術に向けた準備が整った入院5日目に、初めて抗がん剤投与の為の手術が行われたのでした。
手術当日は、悲しみと不安と緊張に包まれた私に、同病室の患者さんが励ましの言葉をかけてくれました。気を取り直した私は、彼らに笑顔でこたえ、血管造影CT室に向かいました。この手術は、カテーテルという管を大腿部の動脈から入れ、肝臓まで到達させるために行われるものです。
こうして、カテーテルを通して初めて抗がん剤が、私の体内に投入されたのでした。手術は3時間ほどで終わり、部屋に戻った私は空腹にも関わらず吐き気を催し、更には微熱が出るなど、早くも抗がん剤の副作用に見舞われたのでした。
こうして、耐え難い苦しい癌との闘病生活が始まったのです。
入退院を繰り返しながら、1年が経過した頃、初めて妻が私に打ち明けてくれました。
1年前、癌の告知を受けたとき、医者は妻に「治療をしなければ、余命はあと1ヶ月」と言われていたそうです。
気丈な妻は、私のいるところでは何食わぬ顔で、いつもと同じように私の身の回りの世話をしたり、世間話をするなど、平静を装ってくれていたのですが、さすがに一人になると、息をせき切ったようにどっと涙が溢れ出し、止めどなく涙したことが幾度もあったのでした。
私が入院した当初、妻は毎日病院に来てくれ、私に付き添ってくれていました。
夕方、妻が病院から帰る途中、運転しながら私のことばかり考えていたので、気付いたらいつの間にか家に辿り着いていた、ということが何度もあったそうです。家にたどり着き、我に返った妻は、仏壇の前で手を合わせ、ただひたすら先祖に向かって、私の命乞いをしてくれたのでした。(後半へ続く>>)